”やさしい”とは。
”やさしいヨガ”というタイトルをつけてみて、考えてみた。
辞書によると、優しいとは穏やかで好感がもてる。
思いやりがある。上品で美しい。つつしまやかである。
易しいとは、平易である。容易である。わかりやすい。
最近私が感じたやさしさ。
4歳の子供と遊んだ時、彼女は出会って数分後に『これあげる』と言って、アニメのカードを私にくれた。人に分け与えるという行動にこの子は優しいなと私に感じさせた。
その後、彼女のお姉ちゃんも一緒にプールで遊んでいたのだが、もう一人のお姉ちゃんは術後でプールに入れなく、悲しい目でプールで遊ぶ私たちを眺めていた。そこで、お母さんが『ドーナツ食べに行こう』とプールに入れない彼女を誘い出した。
お母さんの優しさを感じた。
私が感じたこのやさしさは、人を思いやって、親切にすること。
では、自分に優しくするとは、どういうことなのか。
人に優しくする前にも、相手に対する気づきがあると思う。
その人を気にかけたから、思いやりを持てたのだと。
自分に対して気にかけてあげる。気づいてあげる。
これが、自分に優しくしてあげるということなのではないだろうか。
例えば、転んで膝を擦りむいて泣いている子供がいる。
その光景を自分は、遠くからみているとしよう。
ある人は気づいて止まって、気にかけてあげる。『大丈夫?』と声をかける。手当をしてあげる。(やさしさ①)
ある人は無視してその場を足早に通り過ぎていく。
冷たい人!?何て思わずに、その人にも何か事情があって、そこで立ち止まれない理由があるのかもと気づいてあげる。(やさしさ②)
勝手な判断で決めつけない。気づくことで、やさしさが生まれる。